太陽線

手相の見方ー強運&金運良い手相。強い太陽線と神秘十字が印象的な手。【鑑定記録から】

手相の見方ー強運&金運良い手相。強い太陽線と神秘十字が印象的な手。【鑑定記録から】

80代女性の手相です。
・・・うちの母です。(笑)

非常に特徴的なので登場願いました。
うちの母は「ゴッドマザー」と異名をとるほど
甲斐性のある姉御肌の人です。

その彼女の手はその様子をよく表しています。

とくに注目すべき点のみをここでは抜粋します。
実際はもっと詳細な鑑定になりますが。

神秘十字・太陽線・サポート線の実例

幼少期に苦労する運命線

まずは運命線に注目してみます。①のタグがついた黄緑の線です。
まずは①-1です。
この生命線の下部から、生命線と一部一体化して力強くのぼる運命線。
これは幼いうちから強く社会での貢献を求められるもので、
また生命線と一体化していることから自らの努力を求められる相でもあります。

往々にして、家族の犠牲になって早くから(十代前半から)働きに出るという事態や、
そうでなくても非常に自分に厳しい性格で、寝食を忘れて働く気質を持つ人となるようです。

さて実際の彼女は上に兄、下に弟という3人兄弟の真ん中で一人娘。
時代はまだ男尊女卑の気風があり、特に厳しかったという祖母は
「女の子に学問はいらない」
と、小学生のころから家中の掃除、そして(戦時中だったので)
配給の受け取りを全て済ませないと学校にも行かせてもらえなかったとのこと。

中学になっても同様だったようで、
ほぼほぼ満足な義務教育も受けさせてもらえず
田畑・家事と働き尽くめの幼少期だったようです。

ですが、周りには智慧のある老婦人と観られてる今と
長い知能線を鑑みると、地頭のよさをみてとれます。

その運命線①-1は知能線とぶつかる30代後半から切り替わっています。
①-2がその主体になっています。

才能を発揮する運命線

この運命線は知能線の支線なのか、または月丘から昇る運命線なのか
判断の難しい相になっていますが、私はその両方の意味を兼ね備えていると
読み解いでいます。

このような線は若くから才能を発揮し始めることが多く、
また月丘の意味合いをうけて人気運や異性運も強い運気になります。

本人の才覚と周りからの援助を受けて運が開けていきます。
母は結婚後もずっと働き続けた人で、
中卒(ほとんどいってない)という学歴がないにもかかわらず
役職について多くの部下を持つほどになっています。

この①-2の運命線も退職となった60代で①-3に切り替わっています。
そしてこの①-3は同じような線が寄り添っていますね。
ここだけ運命線が2重になっています。

サポート線

これは『サポート線』ですね。
これはこの時期にサポートする人が現れて
サポートや助けを得ながら歩む相です。

そしてこのサポート線を受けたあたりに
黄色の線である②の太陽線に強く2本目がでています。

太陽線は人気・成功・金運を表す名の通り
太陽のような線ですからこのサポート線を得て、
より開運したのが伺えます。

実際この60代に出会った人のサポートで
うちの母はある事業に投資を行い、
そこから毎月まとまった副収入を得続けることになります。
いま80半ばですが、今もそれは続いているようです。
線の様子からそれはほぼ終生続くでしょう。
とても恵まれた強運相です。

神秘十字

あと目立つ紋として③のピンクの線の『神秘十字』ですね。
①-2の運命線(図ではピンクに塗られてますが、ずっと繋がっています)
にクロスする線で成り立っています。

信仰の深い人や神秘的な物事に興味を持つ人傾向の人にでると言われていますが、
これは『九死に一生を得る』
といわれるほどの強運をもたらす紋です。
先祖の加護、神仏の加護があるとも言われています。
もうひとつの特性に、
『お膳立てされた場所に立つ』
という運も持つといわれています。

あらゆる準備がされて、もうあとは実行だけ、
というような状態で『はい、どうぞ。』と
渡してもらえるという強運さですね。

この神秘十字は後天でも出るもので、
そうした場合は積んできた徳がそうさせるのだと
思います。

心配なのが放縦線

さて、心配な相もでています。
それが④の赤線の放縦線です。

これは非常にしっかりと主張していますが、
このように真横に月丘を横切り出ている放縦線。

これは暴飲暴食や不規則な生活から
血の汚れが影響し、胃腸や肝臓を悪くしている状態です。

実際、C型肝炎が最近悪化しだし、
この写真をとったときはその相談を受けてたときでした。

ちなみに、この後、かなりのふるいにかけられた
新薬の治療対象者に選ばれたとのことで
もう20年近く面倒を見てくださっている
主治医の先生が喜んで連絡をくれたとのことなので、
強運と、生命線の長さを生かして
まだまだ長生きしてほしいと願うのでした。

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